(二)フラメンコ

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 観光特急しまかぜの車内、沙織の心内に焦りが生まれていた。ここのところの正男とのぎくしゃくとした関係を修復したいのだ。そのために、嫌がる正男を無理矢理に引っ張り出した。何かというとホテルに入りたがる正男に「それしかないの!」と詰る沙織に、平然として「若いんだ、俺たちは」と答えてくる。 「草食ばっかしなのに、羨ましいわよ。あんまり拒否してると、浮気されちゃうわよ」 「浮気ならまだ良いわよ。逃げられちゃうわよ、その内。玉の輿なんでしょ?」  大学を卒業してからも続いている二人の友人との会話だ。互いの彼氏を刺身のつまに週に一度は会っている、気の置けぬ二人からの忠告を聞いての旅行なのだ。新幹線内では寝不足だからと眠りこけた正男だった。名古屋での乗り換え時には、時間が押していて慌てて駆け込んだ二人だった。 先頭車両が大きなガラスを前面に配した見晴らしの良いハイデッカー車両となっていて、フロントビューの景色を贅沢に楽しめる。横に一席プラス二席の車内は広々として豪華で、沙織の気持ちを浮き浮きとさせた。しかし正男は相変わらず不機嫌な顔つきを見せている。何が不満なのかと問い質しても、分かってるくせにと答えようとしない。  個室で予約した正男の思いは、沙織にも分かっている。しかし一泊旅行なのだ、と沙織は考えている。互いの気持ちのズレが、少しずつ大きくなっていることが気になる沙織だった。前回のデートの折にも、ホテルへと言う正男に対し「ズルズルとした関係はイヤ!」と拒否してしまった。 その折、正男からプロポーズらしきことは言われたのだが「今みたいなフリーターはやめてよ。キチンと就職してくれなくちゃ」と嫌みに取られかねないことを言ってしまった。すぐにその真意を話したが、正男の引きつった顔が変わることはなかった。  結局のところ、ビュッフェ車両で昼食を摂ることになった。沙織が伊勢エビ、正男は松阪牛のステーキを注文した。舌鼓を打つ内に、次第に正男の機嫌も直り始めた。沙織が渡す伊勢エビを食したところで「ごめん」と、思いもかけぬ言葉が正男から出た。正男から沙織の口にステーキが入れられたとき、沙織の目から大粒の涙があふれ出た。
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