(二)フラメンコ

3/7
前へ
/34ページ
次へ
 一旦は仲直りができたはずだった。スペイン村で諸々のアトラクションを楽しみ、ようやくいつもの二人に戻った。しかしジェットコースターでのことは、正男の意外な一面を見た思いで、一抹の不安を覚えさせた。急降下する際に「ママ、ママ!」と絶叫する正男、笑いを取るためとはどうしても思えない沙織だった。  更に正男の不用意なひと言で、またしても反目し合うことになってしまった。チャペルウエディングが執り行われていたサンタクルス教会で「素敵! ここでの挙式なんか、想い出に残るでしょうね」と、目をキラキラさせて沙織が立ち止まった。沙織を喜ばせるつもりで漏らしたであろう正男の「挙げちまうか、今日」が、沙織には許せないことだった。あまりに軽く言う正男に、沙織との結婚というものが、現実問題としてとらえられていないと感じられたのだ。 フラメンコショーを観るべく会場に入った二人だが、踊りを楽しむという雰囲気ではなかった。そこかしこで会話の花が咲いているというのに、互いに視線を合わせることなくまた言葉を交わすこともなく居た。出された飲み物を空にした正男が席を立とうしたとき「これからショーが始まるのよ」と引き止めた。   舌打ちしながら席に戻る正男に「マナーをわきまえてよ」と小声で言った。無言のままステージに目を向けている正男に腹が立つが“まだ子どもなのよ、正男は”と己に言い聞かせる沙織だった。父親は官僚であり母親も華道の師範だ。絵に描いたようなセレブの家庭なのだ。多少の我がままは仕方ないと諦めている沙織だ。 いよいよショーが始まった。フラメンコに興味を覚え始めた沙織は、目を見開いてステージを凝視した。正男には奇異な感じがしている。正男の知るフラメンコは、激しいリズムを伴うものだった。実のところ、サンバとフラメンコが混同してしまっている。  流れ始めたギター、合わせるように手を叩く者がいる。もの悲しく切なく届いてくる。重苦しい気持ちに襲われた正男、チラリと沙織に目をやった。ステージにしっかりと視線を注ぎ、演奏に聞き惚れている。膝の上で合わせられている手が、正男には邪魔だ。キラキラと光って見える足が、正男にお出でお出でと呼びかけているように思える。しかしその手が、正男を拒否している。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加