不可逆過程

10/16
前へ
/16ページ
次へ
 その日は会社の忘年会だった。滅多に来ない片町(かたまち)の繁華街で、酔っ払った俺はバス停に向かって歩いていた。  路地を曲がった時だった。  そこに、高岡さんが、いた。男と二人で。  一瞬で酔いが覚めた。 「長坂さん……!」  彼女は呆然と立ち尽くしていた。隣の男は、酔っているのか赤ら顔で、 「なに? 僕の彼女に、なんか用?」  そう言って、彼女を抱き寄せる。  俺は無言で(きびす)を返し、走り出した。その背中を彼女の叫びが追いかける。 「待って!  長坂さん!  違うの!  この人は取引先の……」  ……。  まったく、浮気がバレたときの女のセリフって、法律で決まってるんだろうか。まるで判で押したみたいに同じだ。  だけど。  奇妙なことに、俺は安心していた。  やはり彼女は俺を裏切っていた。でもこれで、またいつか裏切られるかもしれない、という不安から、俺は解放されたのだ。  ---
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加