不可逆過程

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 そんな話は初耳だ、と彼女は思ったが、どうも高岡さんと彼が一緒にいたところに、高岡さんの「彼氏」が偶然出くわして修羅場になったらしい。高岡さんを気に入っていた御曹司は、酔っていたこともあり、悔し紛れに高岡さんをその「彼氏」の前で抱き寄せた。そうしたら「彼氏」が走り去ってしまい、追いかけようとする高岡さんを捕まえて「あんなヤツより僕と付き合おうよ」と言ったら、次の瞬間ぶん殴られたらしい。それもグーで。  ……。  桜田さんの言う「高岡さんの『彼氏』」というのが俺なのは間違いない。彼女の話は俺が見た事実と全く矛盾するところがない。だがそれだけに、あまりにも話ができすぎている、という気もしなくもない。 「確かに殴られた瞬間は頭に来て『何するんだ!』って高岡さんを睨み付けたんだけど、その後彼女が……大声を上げて泣き始めたんだって。子供みたいに……それでね、彼も目が覚めた、というか、悪いことをしてしまった、と思ったらしい。根は悪い人じゃないのよ。今日も、一緒に謝りに行きたい、って言ってたんだけどね、わたしが止めたの。あなたの気持ちを逆なでするかもしれないから。でも、一応名刺を預かってきたわ」  そう言って桜田さんは名刺を一枚渡した。顔写真はまさにあの時の男だ。俺も知ってる地元企業の社員。会社名が名字と一致している。 「で、今度は高岡さんの家に行ってみたんだけど……彼女、すごくやつれてた。食事がのどを通らないんだって。そんなに好きな人がいたんだったら、なんで彼と会うのをOKしたの? って聞いたら……やっぱりわたしの言い方が悪かったみたい。『取引先の御曹司』ってのが引っかかったみたいで……だから無碍にはできないって思ったんだって。でも、最初から断るつもりでいたみたいよ」 「……」
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