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「お父さんもお父さんだけど、わかってあげて。結衣は知らないけど、お父さんはいろいろ悔しい思いをしてきたのよ。そんな中で家族に不自由させず、ここまで育ててくれたのよ。簡単なことじゃないわ」
本当はわかっている。
傍流の身である父の屈辱も、自分の能力の限界を知っているからこその父の虚勢も。
そうして父は私を育ててくれたのだ。
父の弱さに気づかぬふりで顔を立ててあげることが娘としての恩返しだと。
「お父さんもじきにただの人になるんだろうから、優しくしてあげて」
「お父さん、退任するの?」
「いつかは、の話よ」
「もういい歳だもんね」
両親にはなかなか子供ができず、父が四十歳を過ぎてようやく授かったのが私だ。
「ずっと神経をすり減らして戦ってきた人だからね。のんびり孫と散歩するような幸せを見つけてほしいのよ。いつまでも生きられる訳じゃないんだから」
「……うん」
白髪が増えた父の顔を思い浮かべ、私は包丁を動かし続けた。
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