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その夜、私はガラスコップに挿していた花束の水気を丁寧に拭き取り、ティッシュペーパーに広げて分厚い辞書に挟んだ。
もう少し飾っておきたいし、押し花に向く花かどうかもわからないけれど、最後に萎れてしまったのを捨てるのは嫌だった。
私にとって、それは結婚式のブーケより本物に思えた。
「何やってるの?」
和樹さんが寝室に入ってきたので、私は慌てて辞書を脇に退けた。
些細な物を後生大事にしているのを知られるのは少し恥ずかしかった。
彼にとって、この花は単なる思い出のトレースに過ぎないのだから。
「お電話、大丈夫でしたか?」
休暇の初日だというのに、会社からさっそく電話があった。
この調子では先が思いやられる。
電話の主は秘書である野々花先輩らしい。
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