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「佑は……今あの時みたいに願い事をつるすとしたら、なんて書く?」
緊張した低い声が尋ねてきた。
「んー、何だろうな。ああ、そうだ。『公式戦初勝利』かな。あいつらの」
俺が監督をしているチームは、練習試合で勝ったことはあっても、公式戦では未だに勝てたことがない。部員たちは今二年。次が最後の夏だ。
「って、十年経っても結局野球のことか、俺は」
自嘲するように笑う。だけど泰輔は硬い表情のままだった。
「なあ泰輔は? やっぱ日本シリーズ優勝? 惜しかったよな、今年」
努めて明るく尋ねても、泰輔の表情はやわらがない。
一分近く沈黙が続いたあと、絞り出すような声で泰輔が告げた。
「俺の、願いは……帰らないで、傍に、いてほしい。佑に……」
俯いて、膝の上に置いた手は、血管が浮き上がるほど強く握りこまれていた。
「それって、こっちに帰ってこいって意味?」
「あ、いや違う、今日、の話で……今のは」
弾かれたように俺を見た泰輔は、しどろもどろに言葉を紡いで、だけど、はたと口をつぐんだ。
「いや、違わない……」
そう言ったきり泰輔は言葉を重ねることをやめた。
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