【番外編】眠らない星《完》

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 九回裏、ツーアウト、ランナー一・三塁。 凄まじい声援の中、バッターボックスに立ったのは五番打者の泰輔だった。 観客席からは距離があって見えないはずなのに、俺には泰輔の姿も表情も、はっきり見えていた。いつも通りの動作で、静かに構える。冷静で落ち着き払った顔つきで、まっすぐにピッチャーを見据えていた。  初球は目線で見送ってボール。二球目はストライク。三球目、四球目はファール。 「あーっ、心臓口から出そう!」  隣で頭を掻きむしりながら、草壁が叫んだ。  身体が熱くて、鼓動が早鐘を打っているのが自分でわかる。だけどやたらと、周りが静かに感じた。まるで自分と周囲が何かに隔てられているような感覚がある。その分、自分の中の音がよく聞こえた。息遣いや、勢いよく流れる血の音。  もしかすると、今泰輔もこんな感覚なのではないかと思った。 朝倉コールが響く中、五球目もファールになり、続く六球目。相手投手の得意な落ちる球を、泰輔は振らなかった。  ツーボールワンストライクになり、七球目もファール。  一球ごとにドーム内のボルテージは上がっていく。このままフォアボールになって泰輔が出塁しても、点数にはならない。満塁にはなるが、次の打者が打たなければ追いつけない。この先下位打線になることを考えると、今ここで泰輔がヒット以上を打たなければ、王座への道はほぼ閉ざされてしまう。
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