第1章

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 この感情をなんと呼ぼう。  自分の中で適切な言葉が見つからない。拘束された手は指先が冷え切っている。足の先から、何かに侵食されていくような感覚があった。一人きりの部屋には途切れとぎれの自分の呼吸音が響く。それはまるで嗚咽のようで、だけど涙は出なかった。  部屋の外から電車の走行音が聞こえる。そこに重なるのは小気味よい金属音。バットがボールを叩く音。それが耳に届く度に残酷な現実を突きつけられて、死にたいような気分になった。 「それでは泰輔の前途を祝して……乾杯!」  金曜日の夜。会社帰りのサラリーマンたちで混み合う居酒屋の座敷には、よく見知った顔ぶれが勢ぞろいしている。スーツ姿が大半だが、私服やジャージ姿もいる。皆一様に笑顔を浮かべていた。それもそのはずだ。久々の再会、そして同じ大学のOB……長い間共に汗を流して野球に打ち込んできた部活仲間が、偉業を成し遂げたのだ。 「すげえよな、あの京浜レオパルズだろ? まだ信じられねえもん。マジすげえ!」  乾杯をしてグラスを呷ると、俺の向かいに座っていた下田が堰を切ったように口を開いた。 「四位指名だけどな」  下田に冷静に返したのは、俺の隣に座る男。本日の主役である朝倉泰輔(あさくら たいすけ)だ。社会人四年目ですっかりスーツが板についてきたけれど、来年からはそれを脱ぐことに決まった。二週間程前に開催されたプロ野球ドラフト会議で、今年リーグ優勝した『京浜レオパルズ』に指名された……つまり泰輔は来年からプロ野球選手になるのだ。
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