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「百万円でも安いくらいだ」
「おいおい、高所得者になって金銭感覚バグったのか?」
「至って正常だ」
不意に抱き締める腕が強くなって、「どこがだよ」の言葉が出なくなる。
「二百万でも、三百万でもいい……」
どこをどう考えても、俺の言葉にそんな価値はない。
「残念ながらさっき出たので売り切れだ。次回入荷未定」
ソールドアウトを突き付けると、数秒の間を置いて泰輔が切り出す。
「それじゃあ、他のものを売ってくれ」
「なに?」
「一生、佑輝の傍にいられる権利だ」
両手で泰輔の肩を引いて、身体を離す。確かめると、泰輔は少しだけ泣きそうな顔で俺を見ていた。
「一億円でも、全財産でもいい。……好きだなんて、言わなくてもいいから」
ひどく繊細な壊れものを扱うみたいに、泰輔の指が俺の輪郭を撫でる。
指を掴んで下ろさせると、泰輔の顔がわずかにゆがむ。そんな泰輔の頬に、今度は俺の方が触れた。摘まんで無理やり口角を上げると、変な顔になって面白い。
泰輔の懇願には、売るとも売らないとも答えなかった。
俺はその代わりに「バカだな」と笑って、面白い顔のままの泰輔に唇を寄せた。
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