【After Story】残照

50/59

426人が本棚に入れています
本棚に追加
/233ページ
「百万円でも安いくらいだ」 「おいおい、高所得者になって金銭感覚バグったのか?」 「至って正常だ」  不意に抱き締める腕が強くなって、「どこがだよ」の言葉が出なくなる。 「二百万でも、三百万でもいい……」  どこをどう考えても、俺の言葉にそんな価値はない。 「残念ながらさっき出たので売り切れだ。次回入荷未定」  ソールドアウトを突き付けると、数秒の間を置いて泰輔が切り出す。 「それじゃあ、他のものを売ってくれ」 「なに?」 「一生、佑輝の傍にいられる権利だ」  両手で泰輔の肩を引いて、身体を離す。確かめると、泰輔は少しだけ泣きそうな顔で俺を見ていた。 「一億円でも、全財産でもいい。……好きだなんて、言わなくてもいいから」  ひどく繊細な壊れものを扱うみたいに、泰輔の指が俺の輪郭を撫でる。  指を掴んで下ろさせると、泰輔の顔がわずかにゆがむ。そんな泰輔の頬に、今度は俺の方が触れた。摘まんで無理やり口角を上げると、変な顔になって面白い。  泰輔の懇願には、売るとも売らないとも答えなかった。  俺はその代わりに「バカだな」と笑って、面白い顔のままの泰輔に唇を寄せた。
/233ページ

最初のコメントを投稿しよう!

426人が本棚に入れています
本棚に追加