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倒れ込んだシーツの上から起き上がった男は、明らかに後悔した顔をしていた。
まだ汗と精液の匂いを色濃く感じる室内。泰輔は思いつめた表情で、仰向けのままの俺を覗き込んでくる。何も言わずに見返すと、耐え切れなくなったみたいに目を逸らして「すまない」と呟いた。
「なんで謝んの? 俺が誘ったのに」
泰輔からの返事はない。待っていてもそれは変わらず、答える気はないのだと悟った。
「でもさ、もう無理だよな」
「え?」
「俺らこんなんなっちゃって。もう、親友じゃいられないだろ」
緩慢な動作で起き上がると、表情を失った泰輔が俺を凝視していた。それは徐々に歪んで苦渋の色を滲ませ、やがて瞼をきつく閉じた。
「だからさ、恋人にでもなっちゃう?」
「……え?」
言った瞬間、これ以上はないほどに泰輔が目を見開く。俺は向き直り、あからさまに動揺を見せる男を正面から見据えた。
「どう? 嫌?」
「どう、って……」
二の句を継げないでいる泰輔を俺は黙ったまま見ていた。
「本気で言ってるのか?」
「本気だけど」
茶化すことなく真顔で答えた。
「でも泰輔が嫌なら無理にとは言わないし。ただ俺は、もうこんなだしさ、この先普通の恋愛とかそういうの無理だろうけど、泰輔の傍ならありのままでいられるっていうか……」
甘えちゃだめかな。
ぼそりと付け足したら、泰輔が今にも泣きそうに顔をゆがめたのが映った。だけどそれはすぐに見えなくなる。腕を引かれ、泰輔の胸に抱き込まれて何も見えなくなったから。
「泰輔」
裸の胸は先ほどの名残で熱く、わずかに湿っていた。泰輔の肩が時折不規則に跳ねて、微かに震えているのを感じる。
「なあ、なんで泣いてんの?」
訊ねても答えは返ってこなくて、代わりに抱き締める腕が強くなった。
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