第1章

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 確かに俺には現在、付き合って一年程になる彼女はいるが、謙遜でもなんでもなく女の子にモテるタイプではない。ここにいる連中と違って身体はペラいし、背丈も顔も至って標準だ。本当にモテる男というのは泰輔のことを言うのだ。文武両道、寡黙でストイック。誠実で直向き。高身長に加えて日に焼けた、男らしい精悍な顔立ち、そして鍛え抜かれた肉体。無愛想に見えてその実、気遣いの男だから、女の子からすると堪らないのだろう。昔から、他校の女子が試合後の差し入れやバレンタインチョコを手渡しにくるほどの人気だった。しかし、どんな美人の告白も「今は野球が一番だから」と断ってしまうことから、部内では度々『聖人朝倉』と呼んでいた。 「草壁、やめてやれ」  俺にしがみついていた草壁を、泰輔が引き剥がしてくれる。 「そもそも合コン以前に、草壁は受付の八嶋さんを食事に誘うとか言ってなかったか?」 「う……それは」  草壁の反応に、この場の全員がアプローチは失敗に終わったことを悟った。 「恋人がいたのか?」 「いや、それを確かめる前にやんわりお断り入れられたっつーか……」 「なんだ、そんなことで諦めるのか? 草壁といえば粘り打ちだろう?」 「泰輔ぇ」  草壁は今度は泰輔に縋り付く。その背を「もう一度がんばってみろよ」と叩いて励ます。すると周りも同調して、草壁を励ましに掛かる。 「フルカウントからが勝負だろうが! 粘って粘って、スタンドに叩き込め!」 「根性見せろよ」 「いや、でも女子アナと合コンはしたいぞ」 「俺も彼女欲しい!」  各々が好き勝手言って、笑い合う。こういうノリの中にいると、学生の頃に戻ったみたいだと思った。久しぶりの空気感が心地よくもあり、それでも少しの物足りなさを感じる。泰輔は俺の相棒であり、みんなのキャプテンだ。泰輔と二人、静かにじっくり、思い出話をしたいと思っていたけど、この場では難しいのかもしれない。
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