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第4章
契約書にサインしようと思う、と泰輔が俺に告げたのはその翌日のことだった。だけど、ひとつの決断をし、区切りをつけたはずのその表情は晴れやかとは言えなかった。
挙句泰輔はその日、いつもより早く俺の部屋へと帰ってきた。理由を訊ねると練習中に早退を命じられたという。それもすんなり納得できるくらい、不調が表面に現れていた。玄関で対峙したその顔は土気色だったから。
泰輔の体調不良が身体的なものではないのはわかっていた。
「俺のせいかもな」
ぽつりと呟くと泰輔は目を軽く見開いた。
「大事な時期にこんなに何日も連泊させて」
「それは、関係ない。むしろメシとか作ってもらって助かってるくらいだ」
焦ったようにそう答えるが、その声はわずかに上ずっていて、泰輔の動揺が滲んでいた。
「もう平気だからって、俺が言ってあげられればいいんだけど」
力なく笑うと、泰輔は顔を歪めて首を横に振った。
「佑は悪くない。佑のせいでもない」
それきり互いに言葉をさがすように、口を閉ざして俯いた。遠くで救急車のサイレンが鳴っている。
「じゃあさ、俺が行くよ」
「え?」
「ここからだと泰輔通勤とか遠いし、何かと不便だろ。俺が泰輔ン家に泊まるってのは?」
「いや、俺は本当に平気だから」
「平気じゃないってセリフは平気じゃない顔色の時に言えよ」
少しきつめの声に泰輔が黙り込んだ。
「それともやっぱり迷惑なのか?」
責めるように見つめると、泰輔はしばらくの間逡巡するように再び黙り込んで、やがて「わかった」と俺の提案を飲んだのだった。
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