512人が本棚に入れています
本棚に追加
コツコツと松葉杖の音がキッチンに入ってきた。
「結衣ちゃん」
私の隣に腰を下ろした宏樹さんが顔を覗き込んできた。
「大丈夫? 夏目のお父さんのことだよね」
「そうです」
微笑もうとしたのに、テーブルの上で組んだ手に雫が落ちた。
「私……ちょっと疲れちゃいました」
たった一言だけ泣き言を言うはずが、たった一粒涙を落とすだけのはずが、それを自分に許すととめどなく溢れてくる。
「私は和樹さんの妻なのに、いつも疎外されている気がします。優しくても、距離を置かれているのがわかるんです。……すみません」
俯いて涙を拭う。
「和樹さんは、融資ルートを変えれば父が職をすべて失うことになるとわかっていたと思います。いずれは消えていく父に、そこまでする必要があったんでしょうか。本当の目的はビジネスだけなんでしょうか」
最初のコメントを投稿しよう!