512人が本棚に入れています
本棚に追加
私と宏樹さんが抱き合っていたというのに、彼の顔は怖いほど落ち着き払っていた。
私を掴んだまま、宏樹さんが言った。
「おかえり、和樹」
「間が悪かったようで」
和樹さんはそれだけ言って、背を向けて歩いて行く。
「待って、和樹さん」
リビングを出た和樹さんは寝室に入り、クローゼットから出張用にネクタイを数本取り出した。
「誤解です。宏樹さんは私を慰めていただけで、何もないんです」
「わかりました」
機械的な返事に拳を握り締める。
「真剣な話です。ちゃんとこちらを向いてください。和樹さんが先導して父を退任に追い込んだというのは、本当ですか?」
和樹さんは黙って私に向き直った。
感情の見えない瞳に、私の心が余計に粟立つ。
最初のコメントを投稿しよう!