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「あの……、経営企画室の夏目結衣と申します」
昔からそうだった。
理由に心当たりはないのに、彼はどこか私を遠ざけようとしている気がして、彼を前にすると気後れしたものだった。
そんな昔の記憶が蘇ったせいか、まるで初対面のような台詞になってしまった。
「忘れていませんよ。お久しぶりです」
面白がっているような声音に顔を上げると、彼は穏やかな表情で微笑んでいた。
その微笑を見た時、そっと背中を撫でられたような震えが走った。
宏樹さんに対してだけでなく、今まで誰にも感じたことのない感覚だった。
「お久しぶりです。あの……十年ぶりですね」
「そうですね。兄をよろしく」
「こ、こちらこそ、よろしくお願い致します」
この場を簡潔にまとめるような彼の台詞で、彼は忙しい身なのだと思い出し、私は慌てて頭を下げて本部長室から退出した。
自分の席まで大部屋を横切りながら、胸に手を当てる。
私は昔の苦手意識をまだ引きずっているのだろうか?
自分の挨拶が無様だったことに少し落ち込む。
胸はまだざわついて、それはどこか不安なような、畏れに似た不思議な感覚だった。
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