偽りのキスー1

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本部全体朝礼時の着任挨拶はごく謙虚なものだったけれど、ただ者ならぬ印象もあったようで、待ち受けていた部課長たちの評判は上々だった。 その後、彼は社内の挨拶回りでほとんど席におらず、たまに帰ってきても部課長たちに取り囲まれていた。 その外野では社長子息に興味津々の女性社員たちが順番待ちをしている状態で、最初の二日間、私は直接彼に挨拶する機会を掴めず、遠巻きに眺めているだけだった。 ようやく彼に挨拶することができたのは三日目になってからだ。 戦略推進本部は私が所属する経営企画室を含む幾つかの部門から成っていて、大部屋の一角に独立した本部長室がある。 「本部長の宮瀬です。今後お世話になります」 私が彼の部屋を訪れると、幼なじみの間柄で、しかもいずれ義姉弟になるというのに、彼はごくビジネスライクな微笑みを浮かべて私を見た。 プライベートをこの場に持ち込むつもりはないと言われたようで、私はしばし反応するのが遅れてしまった。 この部屋に入るまで頭の中で用意していた会話の導入部分がすべて使えなくなってしまったのだ。
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