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熱唱
俺はアンの挑戦を受けることにした。何を歌おうかと考えて、思いついたスタンダードナンバーを軽く歌い始めた。
彼女が不満そうに口を挟む。
「そんな、適当に歌わないで。ちゃんと声みんな出して歌ってね。今日は私のために。」
彼女の言葉に、俺のスイッチがはいった。
俺は立ち上がり、テーブルをはさんで、彼女の前に立ち、彼女を見つめて、この美しくも大胆な女に心を込めて歌った。
愛のバラードを歌いながら、いろいろな思い出が脳裏をよぎった。
今はない、母や父の僕を優しく見る顔、どんなに歌が歌いたかったかという思い、そして可愛い娘の微笑み。
そんな回想が、俺の馬鹿なプライドを忘れさせ、驚くほど自由に、リリックスにある思いがをなぞれたような気がした。胸の底から、熱いものが湧き出してきて、まるで、憧れの黒人歌手たちのように、エモーショナルに熱唱した。
彼女の大きな目には涙が浮かんでいた。
「素晴らしいわ。リーアムの勝ちね。あなたには才能がある。砂にうずもれたダイヤモンドよ、クリス。」
「ありがとう、アン。今までに一番気持ち入れて歌えたかもしれない。」
俺は彼女の魔力に酔いしれていた。彼女の言葉には力がある。
「父が君に宝石を贈る気持ちが理解できたよ。君にはそれ以上の価値がある。」
「ありがとう。」
彼女は薬指のルビーの指輪を見ながら言った。
「私も何となく、わかってきたかも。これは、このディナーはリーアムの遺言よ。彼にはデービッドが来ないことはわかっていた。彼はビジネスマンで女なんか興味ないでしょ。あなたは素直な性格だから、お父さんへ負い目もあるから、来たのよね。」
「君って、昼間は気取って、すましていたのに、結構きついこと言うね。」
彼女はまたあの神秘的な微笑を浮かべて言った。
「リーアムはね、昔、やりたかったことをあきらめたのよ。そして一生それを後悔していたの。彼はあなたにその夢をあきらめないで、追ってほしいと思っていたんだと思う。
だから、私に会わせるように仕組んだんだわ。私がそれを伝える役よ。歌手の夢続けてね、必ず、幸せになってね。大物歌手になってね。」
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