三月六日 昼

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 家の周囲で殺人事件。きっと昼のニュースに一度だけ報道されるだけの些細な出来事だろうが、純は自分が犯人のターゲットにされているかのように警戒心を抱いていた。  危険なのは自分だけじゃない。武尊も紗香も危険なのだ。万が一、二人を守るために犠牲になる覚悟を身に固めた。 「栗田谷で起きた通り魔事件ですね」  静かに私の話に耳を傾けていた折坂が言った。 「よくご存知で」 「いえ、噂話でね。住んでいる場所が近いんですよ、私は」 「そういえば、折坂さんはどこに住んでいるんだ」 「それは、後で私の番になったら話しましょう」  折坂もストーリーテラーになる予定なのだと私は分かった。なるほど、私はお膳立てか。そう思うと少し気楽になった。  私は飲みかけのペットボトルに口をつけて喉を潤した。  家に帰った時、武尊と紗香は居間でニュースを見ていた。 「珍しいじゃないか、二人でニュースに釘付けなんて」 「だって昼の事がニュースになっているかもしれないじゃない。ちょっと気になるのよ」  二十一時を回る頃に帰宅すると、武尊は自室で友達と電話をしながらゲームで遊んでいる。紗香は好みの探偵小説を読んで寛いでいる時間だから、今日の光景は普段と異なっていた。  気まぐれに純はテレビに目をやると、いかにも長年同じ席に座って口を動かしていたと言わんばかりの男が、流暢に昨日のニュースの続きを伝えていた。  おそらく、二人が見たい事件ではないだろう。人が殺された事件ではなく、国同士の不穏な金の流れを説明しているだけだからだ。 「パパ、ちょっと聞いていい?」 「どうしたんだ」  黒いジャケットを脱いで乱雑にソファーに置いた純は、紗香に足を軽く蹴られて小さく呻きながら、しっかりジャケットを折り畳んで洗濯物籠の中にしまってソファーに腰掛けた。 「クーデターって何?」  九歳だった武尊は、どこからその単語を見つけてきたのだろうか想像は付かなかったが、紗香が作った笑窪を見てニュースキャスターの言葉らしいことが窺えた。  クーデターってどういう意味? パパに聞いてみようか。いつもの二人らしいやり取りが二人の間にあったのだろう。 「革命って、授業で習ったかな。ええっと、今武尊は何年生だっけ」 「三年生だよ」 「社会の授業で、偉い人が倒されちゃうような事習わなかったか」
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