5人が本棚に入れています
本棚に追加
扉に掛けた鍵に手を触れる。
どういう訳か、鍵が開かなかった。いや、自分が開けようとしなかったのだ。まるで他人に操られているようじゃないか。鍵を開けようと思うのに、体が開けさせないのだ。
恐れているのか。何に恐れているというのだ。
「鍵が開かない」
我慢ならず私は声に出して、体を放り出すようにしてまた座った。
「開かないんじゃないんです。開こうと思えないんです。この個室は、ただの個室じゃない。我々の潜在意識そのものなんです」
声のない濁った笑いを私は作った。
「酷い匂いのする場所ですが、落ち着くでしょう。このまま一歩も外に出なければ、我々は安全なんです。貴方も分かるでしょう。ここには滅多に人が来ない。だから、もしかしたら金属バットを使う機会も来ないかもしれない」
してやられた。今朝からさっきまでにかけて有頂天になっていた私の恐怖心は、この個室に閉じ込められてから和らいだ。
いつかは死ぬ時が来る。
紗香は無事だろうか。武尊は、無事だろうか。電話をしようにも圏外だから繋がらないはずだ。しかし、圏外だというのは大きな障害にはならない気がした。
考えてみれば、私は常に圏外の世界で生きていた。それが形になっただけ。私はすぐにこの個室から飛び出して駅に向かう予定だったが、暫く折坂と一緒に過ごすことにした。
本当に奇妙な空間だ。
最初のコメントを投稿しよう!