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仕方がない。せめて教室に入る前に降ろして貰おう。無心であれと己に言い聞かせながらしがみついた。
疾走する梶本は無駄に長い道をあっという間に駆け抜け、軽やかな足取りで校舎に入る。なぜ俺を抱えた状態でペースを落とさずに走れるんだ。冗談は脳味噌だけにしろ。
「よーし、亮たんもう着くよ」
楽し気にそう宣言され、ハッとして顔を上げる。
「ここでいいありがとう降ろせ」
このまま教室に突入されると不味い。黒歴史確定だ。半ば懇願するような気持ちで梶本の肩を叩いた。
ところが。
「やーだね」
何という事だろうか。この野郎、拒否しやがったのである。
「やだじゃねぇ降ろせ!」
「だからやだって」
「てめ──」
どういうつもりだと睨んでやろうとして悪寒が走った。梶本は例の不気味な笑みを、それも満面の笑みを浮かべていた。凍り付く俺にはお構いなしに走りながら器用に「ぐ腐腐」と忍び笑いを漏らす。
「こんなぷまい受けアピールイベントを逃しては腐男子の名が廃る!」
「むしろ廃れ!」
そうこうしているうちに教室は着実に近付く。とうとう「2-A」のプレートが見え、梶本は俺を抱えたまま飛び込んだ。
「ぐっもーにんえぶりばでぃー!!」
静まり返る教室内。
水を打ったようにとはこの事か。
「え……?」
「お姫様抱っこ……?」
「佐藤がお姫様抱っこされてる……だと……?」
ぽつりぽつりと呟きが聞こえ、ざわめきが広がっていく。それに比例して俺の顔面にも血が集まってくる。羞恥が臨界点到達で死ねる。
弱々しいながら梶本に一発入れてやろうとしたその時、一際大きな声が上がった。
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