女は見た

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《服飾品を取り扱う店舗で表情筋を酷使しながら接客する女の場合》 私は笑顔が苦手だった。 いや、苦手というか、出来ない。感情を表現するのが可哀想なくらい下手なのだ。私は今こういう気持ちだから、こういう顔をしなくちゃいけないんだ。そう頭で考えても、実際に気持ちを出せるかという別問題で。勿論笑顔だけでなく、怒った顔や悲しい顔も出来なかった。前屈がどうしても出来ない、体の硬い人っているでしょ? あれって体の筋肉の柔軟性がなくって硬いからなのね。それと同じで、私は表情筋が硬かった。 小中高と12年間、胸を張って友達と言える存在に出会えた試しはない。それもこの表情筋のせい。鏡の前で笑顔の練習なんて事もしていたけれど、さっぱり効果がないからやめてしまった。 そんな私が、大学に入学してから運命的な出会いを果たした。それは── 腐。 ……ちょっと笑ってんじゃないわよ。こっちは真剣に言ってんの! 入学直後手にしたチラシの「薔薇同好会」。周りにその趣味を持つ人がいた事もあり、興味本位で私はそこを訪ねた。すると、BでLな世界はたちまち私を魅了してしまった。そこからはもう夢中で、毎日のように先輩方と小説や漫画を読み、時には同人誌を作って語った。大好きなものの話をする時には表情が豊かになる、と先輩が教えてくれて初めて知った。今まで大好きなものなんてなかったから気付かなかったのだ。 そして文字通り薔薇色の大学4年間を過ごした私は、服屋に就職した。ファッション関係に興味を持って、これも大好きになったから、笑顔が必要な接客も出来た。でもやっぱりずっと笑顔でいるのは大変で、疲れる。ああ、腐を補給したい…… 少し顔面を休めながら店頭に立っていると、急に声をかけられた。 「あの……」 「はい! 何かおさg」 イケメエエェェェェン!! 「aしですか?」 よ、よく真顔にならずに耐えた私…… 大学生か高校生ぐらいだろうか。野性味を感じる容姿は生粋のイケメンで、すれ違えば2度見間違いなしだ。テライケメン。顔面偏差値論外。この子人間じゃない。 「帽子を……」 ボソッと呟き、イケメン君はぎゅっと眉間に皺を寄せた。 いやどうしたの。す、凄い一大決心みたいな雰囲気だわ。 「こちらはいかがですか? お似合いになると思いますよ」 革ジャンに合わせてロック系のキャップ帽を見せると、イケメン君の眉間の皺はますます深くなった。気に入らないのかな、と別のものを薦めようとすると、「そうじゃない」と制止される。 「俺じゃなくて……その、人にあげるもの……です」 絵に描いたような仏頂面だけれど、じわあっと耳が赤くなる。ふふ、照れてるのね。 「プレゼントですね!」 微笑ましい気分で言うと、イケメン君は神妙な面持ちで頷いた。視線を足元に落とし、低い声でボソボソと言う。 「どんなのがいいか、わからなくて……」 ああ、誰かの為に何かを用意する事に慣れてないんだ。そう思った。 「どのような方へ贈られるものですか?」 そう尋ねると、彼はボッと赤面した。これははっきり言ってくれなくても明らか。さっきまでは耳だけだったのに、顔全体が真っ赤だ。それでも仏頂面のままだから、なんだか可愛い。きっと本人は真顔を保っているつもりなのだろう。こんなイケメンにこんな顔させる子って……羨ましい限りだわ。絶対、いい思い出を作ってもらいたい。 「プレゼントを選ぶ時には、相手の事を思い浮かべるんです。どんな人で、何が好きで、自分にどんな笑顔を向けてもらいたいか」 「笑顔……」 「はい。贈るだけじゃダメなんです。笑顔を貰って、プレゼント交換をしなくちゃ」 「プレゼント交換……?」 「笑顔は相手からの最高のお返しですから」 さあ、やってみて下さい。そう促すと、イケメン君はこくりと頷いた。 「あいつは……自分が思ってるより優しくて、かっこいい。それに、か……っ」 「か?」 「かわ、」 「?」 「か、かわっ……かわいい……」 元々赤くなっていた頬がぶわあっと赤くなり、首まで真っ赤っかだ。ワイルドに見えて案外純情なのかも。無愛想な仏頂面が可愛く見えてきた。 「なるほど……その人はどんなものが好きですか?」 「多分……シンプルなものが、好きだ」 「シンプル、ですか。モノトーン系がいいかも知れませんね。……じゃあ、どんな笑顔が欲しいか思い浮かべてみて」 「あいつの、笑顔……」 彼は押し黙って考え込んだ。暫くして、何やら呟いて小さく頷くと、私に言う。 「俺だけに見せる笑顔がいい」 他の奴に見せるのとは違うやつ、と重ねた。その顔は本気で恋している1人の男。そこまで想われる相手ってどんな子なんだろう。きっと凄く素敵な子だ。うふふっと心の中で微笑んだその時、 「おいおい西嶋~、デート中に浮気かぁ?」 からかうような口調で言いながら、誰かがイケメン君の肩を叩いた。パッと振り向いたイケメン君は「あ」とか「え」とかよくわからない声を発して赤くなったり青くなったりしている。その相手は、イケメン君と同い年ぐらいの男の子。キリッとして結構整った顔立ちなのにちょっと気怠い雰囲気を纏っているのが推せる。背もいい感じに高いし……あっ、いけない。いつものが出てしまった。 ん? でも、ちょっと待って。 ──今、「デート」って言いませんでした? ハッとして私が固まっていると、イケメン君ことニシジマ君はガシッと男の子の肩を掴んだ。 「違う! 誤解だ! 俺は何もやましい事はしてねぇ!」 「え、いやそんな必死に弁解せんでも」 必死に弁解するニシジマ君にちょっと引き気味の男の子。ピコーン、と私の腐レーダーが腐レグランスを感知した。 ──さては君達、カップルだな!? ああ、今私絶対変な顔してる。尊い。 「お連れ様もご一緒に商品をご覧になりますか? 良ければ中へ」 「えっ」 あ、目が丸くなった。可愛い。 「彼氏さん、帽子をプレゼントしようとしてらっしゃるみたいですよ?」 「いやいや、俺ら別にそういうんじゃ……」 「照れなくていいですよー? お似合いじゃないですか!」 これ本気よ? 君達ホントにお似合いなんだから。お似合い過ぎて禿げる。お姉さん禿げる。 「照れてるわけじゃなくてですね」 「……」 黙り込んで湯気を出すニシジマ君が尊い。合掌。 「あらら彼氏さんの方が照れてる」 ニヤニヤが抑えられていないであろう顔で煽ると、ニシジマ君の恋のお相手は顔面全体で否定を表していた。これは、ちょっと後押しが必要な感じかな? 余計なお世話かもしれないけど、この2人には幸せになって欲しい! 「さ、中へどうぞ!」 「話を聞けエェェェ!!」 問答無用じゃあぁぁぁ!! ──この後、私はお察しの通り萌え過ぎて昇天した。 だって、後ろから照れながらネックレス付けるのよ? 全身コーデクレジット決済で「黙って貢がれてろ」よ? 意外とそれを甘んじて受け入れてる相手の子も、一瞬だけ、ほんの一瞬だけふにゃって笑ったし! 本人は笑ったつもりなさそうだけど。笑うとニシジマ君の言う通り可愛い尊い好き。 そして、パーフェクトコーディネートでキメたニシジマ君の想い人は男前過ぎて素敵でした。まる。 きっと、今日1日のニシジマ君はいっぱい笑顔のお返しを受け取る。いっぱいいっぱい受け取って、もっと彼の事が好きになる。ああいいなって思うところが増えて、知らなかったところが見えて、昨日よりずっと好きが溢れる。その先は、彼ら次第。 ええい、お前ら幸せになってしまえ!!
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