もう1人の王道は

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もう1人の王道は

至近距離キス目撃事故の翌日、俺はどうにか精神を立て直した。 孝希によると、あの後からずっと放心していたと言う……。寮に帰ってからは同室の奴が介抱してくれたらしい。朝聞いてみれば、俺は動けるようになると夕食の仕度から風呂まで無心でこなしていたそうな。記憶がねぇ…… それはいいとして、あの会長様をぶん殴って逃走したマリモこと桜田君だが(会長は知らん)、彼は今日も元気に人間拡声器だ。 「なぁなぁ亮! 今度の休み一緒に遊ぼうぜっ!!」 「悪い。予定がある」 「何の予定だよっ! そんなのまた今度にすればいいじゃんか!!」 耳障りなキンキン声にうんざりしながら机に突っ伏す。朝からずっとこれだ。 こいつはなぜ相手の都合を考えずにこうベラベラと捲し立てられるのだろう。俺の予定というのが物凄く大切なものだったら、なんて事は想像しないんだろうな。 「……お仲間のとこに行ってろよ。あいつらなら喜んで遊んでくれるだろ」 助さん格さんの視線がミシミシとめり込んでくるんだわ。さっさとあっち行け。 「嫌だっ! 俺は亮と遊びたいんだっ!!」 駄々っ子か!! 「俺は遊びたくない。つか遊べない。以上。」 無視を決め込んで寝る体勢に入る。いつもならこの辺で孝希がフォローしてくれるんだが、今日は生憎(あいにく)それがない。放心状態の俺の世話をし、桜田の左右からの責めと生徒会からの責めを俺の代わりに一身に受け、その後のゴタゴタも見届け、心労が祟ったのだろう。本日は精神的疲労による病欠である。本当に申し訳ない。今度の休みはその埋め合わせに使おうと思っている。だから桜田のお誘いを受けるわけにはいかんのだ。 「なぁ、予定があるって言ってるんだから、今度にしろよ」 突然の救いの声にがばちょと起き上がれば、なんとびっくりマリモその2こと椎森夏樹だ。 「お前は関係ないだろっ!! 俺は亮と話してるんだっ!」 怒り出す桜田に、椎森は強い口調で言った。 「お前は自分の事ばっかりじゃんかっ!! 大事な予定があるのかもしれないのに、なんでそんなにワガママ言うんだよっ!」 見た目も喋り方もそっくりなのに、言ってる事がまるで違う。いくら似ているといっても別の人間なんだから当たり前といや当たり前だが、桜田のお陰で「マリモ=自己中心的」という公式が成り立ってしまっていた。 驚きながら椎森を凝視していると、桜田が(わめ)き出した。 「……っ! 何でそいつばっかり見てるんだよっ!! 亮は俺と話してるんだろっ!!」 痺れを切らしたのか、四条辻川コンビがこちらに向かって来るのが視界の端に映る。俺は桜田に視線を向けないまま言った。 「いい加減にしろよ、桜田」 「──っ!」 怒りからか、羞恥からか、桜田は頬を真っ赤に染めて四条と辻川の方へ駆けて行った。 また文句言いに来るかもしれないな、あいつら……面倒臭ぇ…… 一気に襲ってくる倦怠感に負けじと抵抗しながら、椎森に顔を向ける。 「サンキュ。助かった」 「……! お、おう……!!」 今日のヒーロー椎森君は、ぎこちない動きで頷き、ぎこちない足取りで自席へ帰って行った。
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