宇宙の缶詰

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 《銀河の最果て》は、厳密にいえば「最果て」ではない。太陽系から人類がもっとも遠く離れた場所に造った建造物であるため、便宜上そう呼ばれているだけで。天体、気象、生物、周辺惑星の探査・観測などを目的とした施設だが、一通りのメニューは消化している。現在、シイナの主な仕事は、観測基地の雑事と《庭園》の見回りぐらいだった。  背の高い草を掻きわけて岸辺まで下りると、水の匂いがいっそう濃く立ち昇る。靴底がキシリと硬質の砂を噛み、鼓膜と背筋を震わせた。  滔滔と流れる銀河の水面は、磨き抜かれた黒曜石。黒々としながらも、時にぎらりと鋭く輝く。河べりにしゃがみ込んで手を浸せば、水はしびれるほど冷たく、怖いぐらいに澄み切っていた。瑠璃、玻璃、黄玉、柘榴石、猫目石、緑松石……川底に敷き詰められている色とりどりの礫がはっきりと見透せる。一見、浅いが、実はつま先が届かぬほど深い。シイナはうっかり落ちてしまわぬよう、用心しいしい身体を起こした。  ずっと向こうの上流は、紫紺、群青、紺碧に黒を混ぜたような色合いで、縁がぼおっと白く淡く発光しており、空との境界を曖昧にしていた。その光は、初めは小さなマッチ箱程度であったが、見つめていると、みるみる大きくなってゆく。畳んであったシーツを勢いよく広げるように。やがてそれは全天を覆い尽くし――  賑やかな啼き声、夜桜のごとく降りしきる羽、暗天を埋め尽くす無数の白い影……     
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