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「やっぱり、あたしはまだお子ちゃまだったんだ。一人でなんでもできるって勘違いしてた。けど、今日一日、あたしは裕紀くんがいなきゃ、何もできなかった」
菜月は、すぅ、と息を吸い込んで、よいしょ、と起き上がる。
「明日、札幌に帰る」
菜月が決意に満ちた声でそう言ったことで、裕紀は内心、胸をなで下ろした。ここは東京だ。パスポートがない以上、国外へ出ることはできなくとも、日本全国どこにでも行けてしまう選択肢があるこの場所で、ああだこうだと駄々をこねられてもたまらなかった。わかった、と一言呟いて、裕紀は身体を転がすと、菜月に背を向けた。
しかし、何故だか少し、胸をすくような気持ちにもなる。なんだかんだと言いつつ、俺もこの一日を楽しんでいたのかもしれない。それも、一人旅では得られない種類の感情とともに。
こういうのが、まさか―。
ふいに、裕紀のベッドが揺れた。背中の方にマットレスが沈んでいる。そう感じたのは一瞬で、すぐに身体のうえから、肌の白いすらりとした腕がのびてきた。その腕は、裕紀の身体を、しがみつくように抱いた。ボディソープの香りがする。
「……なんだろうね。あたし、好きなのかな。裕紀くんのこと。どうしてもこうしなきゃ、いられなかったの。今」
菜月が、裕紀の耳元で囁いた。きゅっと身体に回されている腕に力が込められる。いつもの調子なら、振りほどけるはずなのに、今日はなぜか、手が動かない。しなやかでやわらかい肌は、既にひとりの女性のものだった。
カーテンの隙間から、月明かりが差し込んでいた。
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