C制

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 翌日。やけくそになって、裕紀は新幹線と特急列車を乗り継いで札幌に帰ることを菜月に提案した。無論、菜月は諸手をあげて「いえーい。初体験、いえーい」とはしゃいでいた。東京駅のみどりの窓口で、乗車券を買う。例によって、マルス端末から吐き出された薄緑色の乗車券には「C制」の印字がなされている。  車体の緑と白を分かつようにピンクのラインが引かれた、九時三十六分発のはやぶさ一一号に乗り込んだ。東京を出ると、大宮、仙台、盛岡、新青森、終着の新函館北斗(しんはこだてほくと)まで停まらない最速達列車である。三人掛けの窓側に座った裕紀は、時速三百二十キロで後方へ過ぎゆく景色を眺めていた。  らんらんと目を輝かせていた菜月は、疲れが抜けていなかったのか、隣ですっかり熟睡している。その寝顔は、普段と違って、年相応のあどけなさが宿っていた。暖色系の照明が、白い頬をほんのり色づけている。  不思議と、一人で出かけるより、二人で出かけたおかげで、たくさんの新しい発見ができた気がした。自分だけでは決して足を踏み入れないような場所、胃袋に収めることのない食べ物。そして家庭教師先の生徒から自分に向けられた気持ちと、彼女に対する自分の抱く感情。  まだ、それを口にすることは許されないと思っている。ただ、傍らで眠る彼女が、真の意味で大人に成ったその時は、もしかしたら、この感情をうまく言語化できるかもしれない。  ほんの少しだけ、その可能性があることに安堵した裕紀は、目を閉じた。まだ先は長い。彼女を無事に札幌まで連れ帰るまで、HPを切らすわけにはいかない。  車内アナウンスが、まもなく仙台に着くことを告げていた。
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