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「……正気かよ、俺」
「なんか言った?」
「言ってない」
ほんとかなあ、とにやつく菜月が、隣にいる。いま、裕紀たちが揺られているのは列車ではなく、高度一万メートルを順調に飛行中の、東京行きの飛行機だった。
菜月は「白」を選んだ。よしわかったそれじゃあおまえはここで……と言いかけたところで、菜月はまたスマートフォンで「あのね、おかあさん。いま新千歳空港に藤堂先生といてねぇ」と寸劇をおっぱじめた。だまってターミナルビルの地下にあるJR駅まで押して行こうとすると、底冷えのするような声で「……きゃー痴漢、って大声出していい?」と脅された。その結果が、今の状況だ。来月のクレジットカードの請求が恐ろしい。
「おー、いいね、いいね」
菜月が窓の外に向かって、スマートフォンで写真を撮っている。はじめ、せめて窓側でのんびりどこまでも続く青空を眺めようと思っていたが、甘かった。菜月が、自分が窓側がいいと言い出したのだ。おかげさまで、裕紀は通路側で、さっぱり内容が頭に入らない機内誌を眺めている。
さて、困った。一人だからこそどこまでも広がると思っていた選択肢は、急激に狭まった。そもそもただの大学生の裕紀では、そんなに財力が続かない。ただのプラスチックのカードが打ち出の小槌だと思って、破滅に導かれている人間がこの世界にどれだけいると思っているのか。
機内アナウンスが、羽田へのファイナルアプローチを告げた。
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