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二人は夕食を適当に済ませて、新宿のビジネスホテルにチェックインした。菜月は「友達の家に泊まる」と、家に電話をしていたし、その後はその友達とやらに「……って言ったから。なんかあったらうまいこと、ねっ」と話していた。ねっ、と言われたその友達は一体、何かあったら本当にうまいことやってくれるのだろうかという心配が、裕紀の脳内を支配していた。
菜月は高校二年生にしては背が高くて大人っぽい顔立ちをしているから、フロントで怪しまれることはなかった。宿帳にも年齢欄に「二十一歳」と何食わぬ顔で書いていたが、あっけないほど簡単に部屋の鍵が出てきて、思わず笑ってしまう。シングルを二室取ろうとしたが、ツインかダブルしか空いていないと言われてしまった。ダブ、まで言いかけた菜月の口を手で塞ぎ、ツインを取ったのだった。
二人とも、歩き通しだったので、くたくたになっていた。部屋に入るなり、ほぼ同時にそれぞれのベッドで、どさっと音を立てる。
「あはは、にしてもすごいね。あたしたち、朝は札幌にいたんだよ」
「まさかこんなとこにいるとは思わなかった。それも、なぜか、おまえと」
「えっへへ」
先にシャワー浴びるね、と言い残して菜月はバスルームに消えていった。
東京に来てまで、他人に引きずりまわされた。それも自分より片手の指ほど年下の子供に。そう思い返したが、裕紀の胸の中には、それほどの不快感はわいてこなかった。札幌にはないファッションブランドのショーケースに目を輝かせたり、たまたま見つけた雑貨屋ではしゃいだり、口の周りを生クリームで白く汚したりする菜月の様子を思い出す。
裕紀には、彼女と呼ばれる存在はいなかった。さして作りたいとも思わなかったし、自分に告白をしてくるような存在もなく、一応はそれなりの大学に入ったことだし、なんなら自分が一族の血脈をここで断ち切ってしまってもバチは当たるまいと思っていたのも事実だ。
なれど、それならこの胸の感情にどのような説明をつけるべきなのか。愛とか恋とか、そういう無体な物には懐疑的なタチだが、これまで味わったことのないような、あたたかい想いが、胸の中を満たしている。
まさかね。
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