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光さす世界
ついに、のぼりきった。
高度三百万キロメートル。
予想以上の高さだった。
ウラン鉱石による発電は、余裕を持って計算していたが、それでも残り五十万キロ付近でエネルギーが切れた。あとは風力発電で、なんとかしのいできた。
しかし、これ以上、壁が続いていれば、さすがにわたしの気力もつきていた。気力も、体力もだ。
限界のギリギリで、わたしは壁の頂点に立った。
あたたかな光がわたしを包んだ。
わたしはそれで初めて自分に太陽光発電の能力もそなわっていたことを知った。光をあびるだけで、またたくまにエネルギーが回復していく。
いや、それよりも何よりも、そこには、わたしを驚がくさせる世界が広がっていた。
やっぱり、父の言っていたことは間違いだった。
壁は世界の果てなんかじゃなかった。
そこには美しい家々が建ちならんでいた。
たくさんの人がいて、笑いながら通りを歩いていた。
やわらかい甘い匂いが空気にとけこんでいた。
壁のむこうは新しい世界だった。
わたしは喜び勇んでかけだした。
早く誰かと話したかった。
友達になりたかった。
だが、わたしを見た人たちは口々に悲鳴をあげた。
「ロボットだ!」
「廃棄されたロボットが壁を越えてきたぞ!」
「シティポリスに通報しろ!」
そんな叫び声をあげ、逃げだしていく。
「待ってください! わたしはみんなと友達になりたいだけなんです!」
しかし、わたしの声は人々には届かなかった。
人々はわたしに石をなげてきた。
「くたばれ! 死にぞこないのポンコツめ!」
わたしは石つぶてよりも、その言葉にショックを受けた。
その瞬間に、すべてを悟った。
わたしが生まれたのは、暗闇のなかにあるただ一つのせまい“世界”だった。でも、そこは、ただのロボットの焼却処理場にすぎなかったのだと。
父はガラクタからわたしを作り、わたしにウソを教えた。
世界はそこしかなく、壁のむこうには何もないと。
ほんとうは、壁のむこうこそ、人々の暮らす満ちたりた“世界”であり、わたしはそこに存在してはいけないものだった。
(ゴミだ。ゴミだ。わたしはゴミクズだったんだ!)
わたしは回路がショートしそうになって、オイルの涙を流しながら走りまわった。
いっそ、壁の下の“わたしの世界”へ帰ろうとも考えた。
そこへ行けば、孤独だが、わたしの世界は保たれる。
一生涯、誰とも接触することなく、おだやかに死を迎えることができる。
でも、それはできなかった。
わたしには誇りがある。
父から授かった“光発電”という誇りが。
父はわたしに太陽光で発電する機能をつけていた。
それは、いつか、わたしに光ある世界へ行ってほしいという願いからだったのではないだろうか?
ひとりぼっちになりたくなくて、父はわたしをいつわった。だが、それは本心ではなかったのだ。
人間たちに追われ、やみくもに走りまわるうちに、わたしはシティの外壁をぶちやぶった。突進すると、かんたんに破壊できた。
警報が鳴りひびいた。
「汚染物質が侵入します! ただちにこの地区から退去してください! 汚染物質が侵入しました!」
シティの上部にあるスピーカーが金切り声をあげる。
人間たちは遠のき、わたしに近づいてこなくなった。ウラン鉱石で発電したときに発生する物質が、大気に充満している。そのためらしい。
シティの外は荒れはてていた。
見渡すかぎり、砂と岩と何かの死骸のようなものしかない。
きっと、あれは動物というものの骨ではないだろうか。
父が作ってくれたワンワンは、あれがモデルだったのだ。
誰もいない。
でも、ここには光がある。
わたしは胸いっぱい、放射性物質のとけこんだ空気を吸った。
ここが、わたしの新しい世界。
気分は爽快だ。
了
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