世界の果ての国

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世界の果ての国

「あの壁のむこうには何があるの?」  幼いころ、わたしが聞くと、いつも父はこう答えた。 「何もないよ。世界の果てがあるだけさ」 「世界の果てなら反対側の崖にあるよ? 赤い燃える川が流れているじゃない」 「あれも果てさ。この世界は赤く燃える川の流れる崖と、決して超えられない絶壁にかこまれているんだ」 「ふうん。そうなんだ。世界って小さいんだね」  子どものころのわたしでさえ、そう思った。  世界は一日あれば、子どものわたしでも端から端まで歩いていけた。  世界には、いつも、たくさんの鉄のかたまりが積もっていて、それは、わたしたちの家や家具や乗り物の材料になる。なんなら、わたしたち自身の材料にも。  とくに父は物造りがとても上手だ。わたしが子どものころは、わたしのためにお人形や可愛い椅子や、ワンワン鳴きながら、わたしのあとをついてくるペットを作ってくれた。  わたしはそのワンワンが大好きだったけど、一年がすぎるころには動かなくなった。ここは光というものが届かない世界だから、太陽光発電ができないのだと、父は言った。だから、エネルギーを得ることが難しいのだと。  毎日、世界中を歩きまわって、エネルギーにできるものを探すけど、それは、わたしと父を生かすていどが、せいいっぱいだ。ペットのワンワンにまでまわすエネルギーは手に入らない。  光というものがなくても、わたしも父も赤外線センサーの視力があるから困らないが、光発電というものさえできれば、わたしたちは永遠に止まることなく動きまわることができるらしい。 「ねえ、お父さん。光って何? 太陽光ってなんなの? お父さんは見たことある?」と聞くと、いつも父は悲しそうな顔をした。  そして、決まって言うのだ。 「さあね。以前は世界に光があふれていたのかもしれないな。でも、ニコ。お父さんにとっての光はおまえだ。おまえがいてくれたら、ほかには何もいらないよ」と。  わたしも父がいれば、さみしくないと思っていた。  でも、父は今、わたしの前で死にかけている。  ちょっと前から心臓部の動力が古くなり、動きが悪くなっていた。交換できる材料が手に入らないか、ずいぶん探しまわった。だが、見つからなかった。 「ニコ。もういいんだよ。お父さんは長く生きすぎた。もう眠るとするよ。ここにいた、たくさんの仲間たちと同様に」  わたしが生まれるずっと前には、ここはたくさんの人であふれていたらしい。でも、一人、また一人と動かなくなり、孤独になった父が、仲間たちの使えそうな部品を集め、わたしを作ったのだ。  だから、わたしは一人だけ、みんなより寿命が長い。 「ニコ。すまない。おまえを一人にしてしまうね。お父さんをゆるしておくれ」 「お父さん。死なないで。イヤだよ。わたしを一人にしないで!」  だけど、モーターが不整脈になって、片方だけ点滅していた赤い瞳から、完全に光が消えた。  父は死んでしまった。  わたしは一人になって、途方に暮れた。  わたしには父のように仲間を改造する技能はないし、世界中でたったひとりぼっちなのは耐えられない。  これからさき、わたしはエネルギーさえ見つかれば、まだまだ五千年は生きていけるだろう。その長い時間を誰とも話すこともできずに、ただエネルギーを探すだけの毎日なんて、それは絶望でしかなかった。  わたしは決心した。  この壁を越えようと。  父は世界の果てしかないと言ったけど、ほんとにそうだろうか? たとえ、世界の果てしかなかったとしても、わたしと同じように、ひとりぼっちになってしまった誰かが存在しているかもしれない。  だから、わたしは、この壁を越える。
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