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その日、一日の仕事を終えて独身寮の自室に戻ると、闇の中に向日葵が咲いていた。
かつては客室としても使われていた、離れの一室である。その六畳間の中央に、畳の隙間を押し広げて太い茎が突き出し、真っすぐ上へと屹立していた。大きな葉をいっぱいに広げ、その先端に大輪の花を開かせている。黄色の花弁はまるで自ら光り輝いているかのように、鮮やかに闇から浮かび上がって見えた。
私はもう驚きはしなかった。ただ深くため息を漏らし、「またか」とつぶやいただけだった。そう。また、誰かが死ぬのだ。
※
私は週末の予約客の一覧を手に、奥座敷の入り口に立った。「失礼します」と声を掛けると、ぶっきらぼうに「お入り」とだけ返ってくる。襖を開けると、この宿の女将である月村律子が長い煙管をくゆらせながら待っていた。
相変わらず絶望的なまでに散らかっている。いったいどこで寝ているのかと不思議になるほどだった。もう夏を過ぎたというのに、去年の冬場の炬燵までが出しっ放しのままだ。それでも宿の従業員には決して中を弄らせないというのだから、こちらとしてはどうしようもない。
「どんなだい、塩梅は」
「よくないですね。でも、この時期は毎年こんなものでしょう」
盆休みが終わって九月に入ると、客はめっきりと減った。以来、ずっと業績は芳しくない。それはこの宿だけではなく、温泉街全体がそうだった。飲み屋に行ってもほぼ地元の人間しか見当たらず、日頃は喧しい外国人のポン引きたちも諦め顔で酔い潰れている。
「まあ、来月までは我慢かね。なんたって、温泉シーズンは晩秋から冬さ。紅葉が色づく頃になれば、また捌き切れないくらいの客が来る。それまではまた旅行会社に顔出して、単発の客をできるだけ回してもらうよう頼んでこないとね」
私から名簿を受け取り、斜に眺めながら女将は言った。そうした営業活動も、実のところこの女将がひとりでやっていることだ。長年この商売をやっているだけあって、あちこちの大手どころの地域担当者たちもみな顔見知りらしい。
「群ちゃんも元社長なんだろう。それなら、営業はお手の物なんじゃないのかい。少しは頼むよ」
「わかりました」
頷いて、それだけ答えた。女将はそれをつまらなそうに見返して、ため息混じりの煙を吐き出す。
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