2 だっこして

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2 だっこして

「だっこして」  私の右手に絡みつき、娘は鋭く要求する。  けれど、私は左側臥位で授乳の最中だ。息子はもう少しで眠りに落ちる、というタイミング。ここで即座に「おいで」と言える母親なら、どれほど楽か。 「ちょっと待って、後ちょっとでレオが寝るから」  それからたっぷり抱っこするから、待ってて。そう答えてしまう。その瞬間から、娘の『許さない』スイッチが入る。 「レオくんだけズルい。カエデちゃんをだっこするまで許さない」 「カエデ、パパのそばにおいで」  レオはもうすぐ寝るから。そこからママを独り占めだよ。夫が言っても、娘は聞く耳を持たない。 「カエデちゃんはガマンできない!!」  大音声で叫んでしまう。その声に驚いた息子が目を醒まし、何もかもが振出しに戻ってしまった。  息子が生まれてすぐ、娘は夜驚症になった。義実家に里帰りしている最中の出来事だった。寝ぐずりは多かったが、眠ればあまり起きることのない子だ。それが真夜中にむくりと起き上がると、半狂乱で泣き喚きだした。 「ママが、ママがレオくんだけのママになった!!!!」  娘は、抱き寄せようする私を蹴り飛ばす勢いで暴れまわり、騒ぎを聞きつけた義母が息子をすばやく回収していった。こうなれば発作がおさまるまで、怪我しないように注意して見守るしかない。知識がある分、彼女を冷静に観察することができた。もの凄いエネルギーで娘は叫び続け、やがて泣き疲れて眠ってしまった。昼間マイペースに過ごしているようでも、彼女の中で嵐の種が育っているのだと知った。少し娘と2人になる時間を作るようにするうちに、夜の嵐はおさまっていった。 「だっこして」  娘は諦めない。驚くべき執着心で、毎夜毎夜抱っこを強請る。  応じられる夜もある。抱き寄せる前に娘が眠ってしまうこともある。そうすると、起きぬけに娘は幽鬼のように迫ってくる。 「昨日、だっこしてくれなかった」 「そんなことないよ。カエデが寝た後、抱っこしてたよ」  疑念に満ちた目を私に向け、娘は何か考えているようだった。とりあえず、昨日取り立て忘れたものを求めるように膝に乗りあがってきた。しばらく抱きしめると納得したようで、振り向かず娘は寝室を出ていった。  翌日から、変化が出た。私が寝ている間に娘が布団に侵入し、コアラのように脇腹にしがみつくようになった。寒い時期限定だろうが、なかなか頭がいいな、と思った。
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