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照れくさそうに会釈をすると、熊谷はその場を立ち去った。
暴動を避けるためだろう、サイタマは鎖国に近い状態を保っていて、荒川沿岸もバリヤーと呼ばれる半透明の障壁で区切られていた。
鉄道や道路も徹底して分断されている。
そんな状況の中、どのような方法を用いて熊谷がこちら側に足を踏み入れたのかは分からない。
ただ、ひとつだけ推測できることがある。
サイタマは内陸国だ。
日本との物流を断っているということは、自国ですべてを賄える技術を整えているのにちがいない。
熊谷から受け取ったDVDのタイトルに気づき、京乃介は呆れたように笑った。
今ではすっかり古典の部類に入るが、『ボディ・スナッチャー』というSF映画だ。
ストーリーを思い起こすと、どことなく熊谷たちと重なるものがある。
『ボディ・スナッチャー』では、未知の生命体が町の住民たちの身体を乗っ取っていた。
隣人たちがいつの間にか得体の知れないものにすり替わっていたという設定は、ある日突然、自分たちは日本国民ではないと言い出したサイタマ国民のようだった。
ただ映画とちがう点があるとしたら、と京乃介は思う。
サイタマ国民は、少なくとも日本を支配したかったのではないのだろう。
シャッターの目立つ寂れた通りを歩き、京乃介は自宅へ向かった。
宿主が瀕死にも関わらず、逃げる術のない寄生虫ほど切ないものはない。
信号待ちの間、気晴らしにスマホをのぞくと、世界はサイタマのニュースであふれていた。
アメリカやヨーロッパ、アジアの国々は積極的にサイタマと交流しているらしい。
空港すらないのにどうやってと思うが、そのあたりを詳らかにした記事はない。
「まるで鎖国をしているのは、この国だな」
京乃介はつぶやき、そして再び笑った。
終末の気配に覆われたこの国だ。
工場は畳んで、せめて何か楽しいことをしようと思ったが、旅に出ることくらいしか選択肢がない。
女房とは死に別れているから、甥を誘ってみるかと思うが、きっといい答えは返ってこないだろう。
困ったものだな。
小さく口に出し、京乃介はいつの間にか青になっていた信号を渡ることにした。
おしまい
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