才の国、誕生

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 荒川の河川敷は、あたかも荒野のようだった。  ところどころに高層マンションが建ち並ぶ景観は、昔からあまり変わっていない。  視界は気持ちよく開け、西には秩父の山並みが広がっている。  けれども、東京乃介の胸のうちには乾いた風が吹いていた。  新しい国が生まれて半年。  京乃介は未だに悪い夢を見ている気分だった。  埼玉が独立する。  テレビでそんな話を耳にしたのは、いつのことだっただろう。  現実には、耳にした時には埼玉は日本国の一部であることをやめ、独立国サイタマとなる宣言をすませていた。    無論、ひとつの県がそう簡単に国になれるはずもなく、京乃介自身も最初はただの冗談だろうと気にも留めていなかった。  還暦を迎えたばかりだったが、壮大な嘘をまことしやかに伝えられるほど映像技術が発展していることは知っている。  一体誰がどんな目的でそんな馬鹿げたことをしているのかは想像もつかないが、とにかく仕事が忙しかったのだ。  赤羽の片隅で営む部品工場は、久々に大きな受注が入っていた。  10人いる従業員のうち、8人が隣の埼玉から通っている。  昼の休憩中、事務所でたまたま見た番組だ。  埼玉が独立するというが、彼らはどうなるのかと疑問を呈したくなってくる。  外国人として雇う羽目になるのか?  だとすると小さな工場の話だけではおさまらない。  埼玉から東京に通う大勢の労働者が、こぞって日本人ではなくなるのだ。  地味で何もない埼玉が、そもそも国として生きていけるはずもない。  緊急報道と銘打った番組では、コメンテーターが難しい顔をしていた。  なんとも滑稽なものだった。  4月1日でもないのに、何を真剣に語っているのか。  京乃介は出がらしの苦いお茶を飲む干すと、午後の作業に取り掛かることにした。        image=512770324.jpg
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