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そうして作業場に戻った京乃介だったが、何かがおかしい。
仕事に使う機械の電源を入れたところであることに気がついた。
「なんだ、やけに静かだな。熊谷君たちは、昼からまだ戻ってないのか?」
工場のそばに住む、甥でもある従業員に声をかけてみた。
だが、彼も困ったように首を傾げるばかりで答えはない。
「大方、岩渕亭で飯を食っているんだろうけど。注文が遅れているのかな。あそこ、最近人が入れ替わったみたいだし」
太い眉が八の字に垂れている。
ゆくゆくは跡を継がせることも考えているが、甥は渋るにちがいない。
先のない工場の経営者になったところで、益がどこにあるというのだろう。
いつの間にか、日本はそんな国になってしまった。
潰れかかった会社を経営しているのも恥ずかしいことではない。
先がないという点では、日本という国自体がこの工場と似たようなものなのだ。
作業の手を止めると、京乃介は溜め息をついた。
不具合が発生したらしく、機械の動きがぎこちな い。
30年もののこの商売道具のために修理を呼ぶのは、今年に入って三度目。
機械もこの国も、まるで終活に入った自分を見ているようだと京乃介は思うのだった。
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