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そういう意味で男に近付かれるなんて今も昔も鳥肌モノでしかない。
「下半身自慢に付き合ってくれる奴ならそこら中にいるだろ。二度と俺の前に現れるな」
しゃがみ込んでいる男に吐き捨て、幸也は大通りへ向かって歩き出した。
学園で言い寄られるのも辟易しているのに、街に来てまで男からの口説きなど聞きたくない。
否、あれは口説きじゃない。
ただの下品な言葉の羅列だ。
あんなのと來斗に囁かれる言葉が同類だなんて、來斗に失礼過ぎる。
「って、何でライ兄が出てくんだよ」
浮かんだ自分の考えに、幸也はすぐさま自分で突っ込みを入れた。
ほぼ毎日言われているせいで、何の違和感もなく來斗が基準になってしまっているようだ。
しかもそれが嫌ではないと思っている辺り、大分毒されている気さえする。
來斗に言われている言葉こそ恥ずかしいのにと、熱くなり始めた頬を両手で擦った。
そんな自分の考えに意識を持っていかれていたせいで背後への注意が薄れた。
「待てよ」
「っ」
すぐ後ろで聞こえた声。
しまったと気付いたときには遅く、掴まれた腕を振り払う間もなく力尽くで身体を反転させられる。
見開く幸也の瞳に真剣な表情をした男が映った。
「っ放せ」
「あのさ、これでも俺結構本気で探してたんだけど」
「ちょ、」
腰に手を回され先程よりも密着する。
「しかも何なの、知らない内に色気出すようになっちゃってさ」
「何、馬鹿言って――」
「遊んでるんだったら俺も相手にしてよ、ユキちゃん」
唇に濡れた感触がした瞬間、幸也の全身に鳥肌が立った。
相手との間に無理やり足を捻じ込み隙間をあけ、思い切り蹴り飛ばす。
無茶な体勢での攻撃に幸也自身も後ろに倒れかけた。
大きく後退し何とか踏み止まった幸也の耳に男のうめき声が届く。
「おまっ……これ肋骨、いった、ぞ絶対」
「自業自得だろふざけんなっ」
袖で乱暴に口を拭い、速足でその場を去る。
完全に油断していた。
思考に捕らわれ、男の存在を忘れかけていた。
耳元に残る男の猫なで声が不快で仕方ない。
痛くなる程唇を擦っても舐められた感触が消えず、ますます苛立ちが募った。
一刻も早く、こんな不快感を取り除きたい。
その一心で、目の前のグラスを一気に呷った。
「……ユキちゃん?」
度数の強い液体が消えていく様を和雅とキョウがポカンと見つめる。
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