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「本当のことだ。ここは中立の休息の場。もし何かあったら遠慮なく言ってくれ。いつでも力になる」
至極真面目に言う多娥丸に笑みを和らげ、頷いた。
「ああ。お前さんがそう言ってくれるなら、心強いよ」
「いつも世話になってるからな。じゃあ、また頼む」
ひらりと手を上げて踵を返す多娥丸の背に、お千を始め居並ぶ旅館の従業員が声を揃える。
「ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」
一斉に頭を下げる彼らを背に、自分たちの船へと向かう多娥丸一行を見送る若旦那の目に、一瞬何かが過った。
ふと眉を寄せた。
「――――― やれやれ。思ったより早い再会になりそうだ」
ぽつ、と零れたその呟きを、お千が耳ざとく拾って顔を上げる。
「なあに、若旦那」
きょとん、と見上げてくる童女を見返して、ふと表情を緩めると、首を振った。
「いいや。何でもないよ。――――― さ、片付けようか」
「はあい。じゃあ、皆、お掃除よ!」
お千の声に、従業員たちがそれぞれの持ち場へと散ってゆく。
それを見るともなしに見て、若旦那は多娥丸達の消えた門の向こうへ目をやる。
出港を知らせる法螺貝の音が耳に届く。
風を受けて大きく膨らんだ帆が、彼らの本拠地のある熊野灘へ向けて、動き出すのが遠くに見えた。
彼らは海賊。
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