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壱
どんよりと鈍色の雲が空を覆い、まもなく雨がやってきそうだった。
子供はさして広くもない庭の端っこでじっと空を見上げている。
見たところ五、六歳だろうか。手足が極端に細く、着ているものも薄汚れていた。
「明空君。こんな所にいたの。雨が降りそうだから中に入ろう」
建物の中から駆け出してきた女性が、子供の傍に屈んで言った。
だが、子供は一瞥すらせず、空を一心に見上げている。
女性は倣うように空を見上げ、雲が一層色を濃くしているのを認めて立ち上がった。
「明空君」
彼女は子供の手を取ろうとして一瞬躊躇った。
伸びた爪は黒く汚れ、小さな体からは僅かな異臭が立ち上る。
女性は逡巡の後、「おやつの用意をしておくから、雨が降り始める前においで」と言い置いて、ちらちらと気にしながら先に中に入った。
ここは民間の児童養護施設。
明空は今朝、母に手を引かれてここにやってきた。
急な病でしばらく入院しなくてはならなくなった母は頼れる親戚もおらず、悩んだ末に施設へ子供を預ける選択をした。
何度も職員に頭を下げ、明空にも「皆さんの言うことを聞いてね」と言い含めて去って行った。
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