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女に手を引かれてたどり着いたのは、家ではなく立派な建物の前。
四階建ての城のような佇まい。真っ白な漆喰と黒光りする柱のコントラストが美しい。
見上げると、雲のような形の大きな板に何か文字が書き付けてあるが、明空には読めなかった。
からからと引き戸を開けて、女が「ただいまぁ」と陽気な声を投げる。
すると、奥へ続く廊下を隔てる暖簾をひょいと捲って、一人の男が顔を覗かせた。
年の頃は三十前後のその男は、利休色の着物に鳥の子色の羽織姿。どちらもくっきりとした色合いではないからか、柔らかい印象を与える。
柔らかいのは、男の優しげな面差しのせいもあるかもしれない。
「おかえり……って、なんだまたかい、雨女」
その顔立ちからは少し意外な低めの声。
明空を認めてやれやれと言いたげに眉尻を下げた男に、女は悪びれもせず子供の背中を押す。
「まあまあ、そんな顔をするんじゃないよ、坊。雨に濡れて可哀想だろ、風呂に入れてやっとくれよ」
「坊はやめてください」
ため息を吐いてから、男は出てきた暖簾の向こうへ呼びかけた。
「お千、いるかい」
柔らかな低音が奥に向けて響く。
「はーい、ただいま」
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