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それを面白そうに見送って、若旦那は明空を見下ろした。
「ちょうど庭の桜が見頃だよ。おいで」
差し出された手は男っぽい作りながら指が長く美しい。
明空は自分の手をそこに重ねる。
にっこりと微笑んだ若旦那は明空の手を緩く握って、庭を見渡せる縁側へと足を向けた。
縁側に並んで腰を下ろし、庭の中央にある見事な桜を眺める。
「お前さん、名前はなんて言うんだい」
ふと問われ、明空は隣の若旦那を見て答えた。
「あくあ」
若旦那はふんふんと得心したように頷き、「読めないねえ」と笑う。
「明ける空、と書いてあくあ、とは」
明空は目を瞬かせた。
どんな漢字を書くかなんて言っていないのに、なぜ分かったのだろう。
「ねえ、ワカダンナさん。あの桜はどうして咲いてるの? 今はもう十一月だよ」
お花見なんてしたことは無かったけれど、それでも桜が春の花だということくらいは知っていた。
若旦那は小さく含み笑って、内緒話をするように明空の耳に囁いた。
「ここはね、ずうっと春だからさ」
「ずうっと? そんなことあるわけない」
「どうしてそう思う? 現に桜は咲いているし、ここは暖かいだろう」
目を細めて微笑む若旦那に言われて、初めて自分が浴衣一枚で平気であることに気付く。
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