イケナイ事

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イケナイ事

八月三十一日、夏休みも明けて月末の委員会があった。図書委員会の今月の活動は、図書室の整理だった。カウンター周りを整理したり、本棚を掃除したり、観葉植物の手入れをした。委員全員で手分けして行うと作業は思ったより早く終わった。拓先輩が翠と組んで本棚を扱っていたが、先輩は野球部の集合がかかって抜けることになり、僕が代わりに翠と組んで本棚の整理をすることになった。 「拓先輩、帰っちゃった...」 翠は少し物憂げな表情をしていた。 「僕と組むのじゃ不満だってか?」と皮肉めいて言うと、「いや、そうゆうことじゃないの。海未は私の大事な友達だよ」と翠は慌てたように言う。 ありがたい。ただ、「大事な友達」という点に違和感を感じた。僕が「大事な友達」なら、帰って悲しまれる拓先輩とはもしかすると...?こんなにピュアな翠に限ってそんなことはないだろうと思うが、もし翠が拓先輩に特別な感情を持っていたとしても高校生なんだしその感情は自然なものだろう。 と考えると少しばかり惨めな気持ちになるのはなぜだろう。別に、僕が翠との関係に友達以上のものを求めているわけでは決してない。それなのに、翠の心の焦点が僕よりも遠いはずの拓先輩にあるということに、蚊の涙くらいの嫉妬があったことは否めない。 気を取り直して、作業をしながら僕は最近始めた自活のことを誇らしげに翠に話して聞かせた。翠はただひたすら。「へぇ~すごーい!」「私もやってみたーい!」という相槌を繰り返した。それだけのリアクションを貰えれば話し手として満足した。翠は聞き上手だ。そして、一晩留守番することも話した。 翠は何かをひらめいたようにリュックから手帳を取り出した。そして指を負いながらじっと見ている。その手帳に予定が書かれているらしい。 「その日、私のお母さんも仕事だわ!」 突然目を輝かせながら言った。だから何だろうと思った僕は油断していた。 「丁度よかった!ねぇ海未、読書合宿してみたくない?」 「読書合宿?」 「そう!一晩中、本を読んで過ごすの!」 「ふーん、悪くないかも」 これは本心だった。親がいないのだ。何だってできる。なんなら翠をうちに呼んだっていい。もちろんこれは前回の旅行の時に一晩を共に過ごして何も起こらなかった翠限定の話で。 そんな僕の考えとは裏腹に、翠は声を潜めて提案した。 「場所は、ココでいいよね?」 「え?図書室に泊まるっていうの?」 本気で言っているのだろうか。さすがに無茶だろう。 「うん。無茶だと思ったでしょ、でも多分できるよ!」 「いや、どう考えても無茶だよ」 「なんで?」 「だって、学校が閉まる時間には見回りが来るだろうし、それに...」 「それに...?」 言葉が詰まってしまった。現実的に考えてみると、問題なのは見回りくらいしかない。それだけなら、何らかの手を打てば通り抜けられそうな気がした。そうと分かった瞬間、ワクワクしてきた。 「いいね、やっぱりココに止まるか!」 面白いイタズラを考えついた子供のような気分だった。 「よしきた!早速、また計画を立てないとだね!」 どちらともなくクスクスと笑い出して、止まらなくなった。 「何やってるんですか?先輩たち、仲いいですね」 一年生の図書委員たちが呆れてこちらを見下ろしていた。幸い、会話の内容までは聞かれていなかったようだ。
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