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夢女
広瀬恵子は、その日もいつもと同じように残業で疲れた足を引きずって、静かな夜の街で帰路につくはず……だった。
だった――、というのは、その日は何かが自分の後ろに居るような気がしたからである。
気になって振り返るが、そこにはただ寂しい夜の街があるだけ。
――気のせいだ。
広瀬は自分にそう言い聞かせて、足早に家へと向かう。
残業続きで疲れているのだろう。今年でもう二十八歳だ。昔と同じように無茶をすれば、こうして体に返ってきてしまうのだろう。
最近は妙な夢も見る。
商店街へと入る。今はどの店もシャッターが下りていて、人の気配などどこにもなかった。
その冷たさが、背中に張り付いた不安をいっそう大きくする。
今にも、とんとんと肩を誰かに叩かれそうな気がしてならない。
どうしてこんなことを思うのかは分からない。
しかし、今はどうしようもない恐怖に身を包まれていて、もう今にも駆け出しそうになっていた。
そんな時だった。
ぺた、ぺた。
何かが背後で聞こえた。
水で濡れた素足で歩いた時のような音だった。
広瀬の中にあった不安はそれで爆発した。気づいたときにはすでに走り出していた。
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