りそうとげんじつ

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 訊かなくてもわかっている。先ほどから俺らの前を通る女子が揃いも揃って彼をちらちらと見ていくからだ。こいつ自身がそのことに気づいていないはずがないが、本人はいたって涼しい顔をしている。くそう、くそう。 「俺も、お前みたいに筋肉ついたら……なあ!」 「っ……おいっ、やめろ!」  不意打ちで彼の腹にぺたりと手を乗せ、ぐりぐりと押しこんでやった。が、すぐに腕を取られてねじり上げられる。間近で見た彼はむすっとしていた。表情を崩してやったと、俺はニヤつく。彼はますます眉間に皺をよせ、「お前な……」と何か言いかけたところで海の方から俺たちを叫ぶように呼ぶ声が聞こえた。 「……行くぞ」  掴まれたままの腕を引き上げられた。そのまま俺は引きずられるように浅瀬まで連れて行かれる。 「うわ、えっ、ちょっと!」  ざっぱーん、と漫画のような音が頭に響いた。身体をひょいと抱えられて勢いよく投げられたのだ。 「えー! なになに、俺もやって!」 「ずるいぞ! 俺も俺も!」  げほげほとむせる俺の横で、水柱が二本上がった。「しょっぺえよ!」と騒ぐ俺たちを彼が笑って見ている。それがなんだか、妙にまぶしい。くそう、と俺はまたつぶやく。その声が弾んでしまっていることには気づかないフリをする。 「まあ、こんな夏も悪くないか」  俺はひとりごちて立ち上がる。ニヤリと笑った彼に向かって、俺は思い切り水をかけてやった。
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