くれない

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くれない

 重い扉を開けた瞬間、目が眩んだ。暗い廊下から突然日差しの明るい場所へと出たからだ。 「おい、サボってんじゃねぇよ」  壁にもたれて立っている彼に向かって声をかけた。彼は煙草を口に挟んだまま視線だけをこちらにやり、可笑しそうに眉を上げる。 「お前だってサボってんだろ」 「だって眠いんだよ、あの授業」  俺の言葉に彼は笑って頷き、宙に向かって煙を吐き出した。  俺はコーヒーの缶を片手に彼の作った白く薄い膜の中を歩く。同じように壁にもたれると、コンクリート壁のざらざらとした凹凸がTシャツ越しに背中を刺激してきた。特に会話もない。俺はとっくにぬるくなったコーヒーに口をつけ、彼はまるで深呼吸をするようにゆっくりと煙を取り込んでいる。 「なぁ、俺も煙草吸ってみたい」  俺がそう言うと一瞬息を詰まらせたように固まり、けほけほと咳き込みはじめた。一層香りが濃く立ち上る。 「唐突だな」 「そうか?」  怪訝な顔のまま、彼は黙って灰皿に煙草を押しつけた。くしゃりと潰れた紙の先で灰が崩れて落ちていく。 「なんだ、くれないのかよ」 「お前はダメ」 「なんで」 「なんとなく」  言い返そうとする俺から缶をひょいと奪い取った。「ぬるいな」と言ってそのまま歩き出す。 「課題提出に遅れるぞ」  振り向きもせずに言う彼の背中を慌てて追いかける。扉がぎしりと軋んだ。今度は暗さに目が慣れなくて、横に並んだ彼が今どんな表情をしているのかを見ることはできなかった。
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