第1章 scene 4 警護

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 昔ながらのタイルが敷き詰められた床に、金属製の浴槽。ご高齢が住んでいるのか、お手製の木で作った手すりのようなものが取り付けられていて、ここは”他所”の風呂なんだと実感した。他人の空間の中に、混じった異物のような俺。お湯の暖かさに浸る気にはなれなかった。  ひとしきり汚れを洗い流した頃には、少女は既に戦闘服に身を包み、咥え煙草に興じていた。 「随分と気に入ったんだな。似合ってるぞ」  少女は何も言わず、また顎の動きで急いで支度をする様に促した。  スーツケースの中に、弁当代わりに駄菓子を詰め込むと、カチコチと小気味よい音を鳴らす振り子時計を見上げた。朝の八時。少し早足で行くかなと、俺はスーツケースの取っ手に力を込めた。  この位置だと、目的地まで約10キロくらいか。あの忌々しいスーツケースを引きながらだとなかなかの重労働に違いないが、それでも急ぐしかない。昨日セクションが始まったのが、午前十一時前後だった。今日もそれくらいになるとしたら、悠長に歩いている余裕はなさそうである。  ぐるぐると弧を描くように、路は山の頂上へと昇っていく。車がやってこないのは分かっているから、センターラインを挟んで、二人で堂々と歩いた。  この傾斜がなかなか厄介で、肩で息をし始めた俺とは対照的に、少女は呼吸ひとつ乱れず、背筋をぴんと伸ばして優雅に歩いている。 「持ってやろうか。それ」     
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