第1章 scine 1 故郷

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 被ったフードから覗くのは、柔らかさのない眼光。記憶の中を手探りでまさぐる――その顔に、見覚えがあった。  その瞬間。大事に懐へ抱えたスーツケースの中から、大音量でアラームが鳴り響く。けたたましく。耳をつんざくほどに。身動ぎして抱き寄せると、首を振って辺りを警戒する。しまった。あの時間がやってきた――。 「あん? うるせえな。誰かいんのか!」  その音に不快感を滲ませたように。顔を歪ませた男が、辺りを見回す。  音の発生源である俺が視界に入るのに、時間はかからなかった。 「てめえか。その音を止めろ!」  走り寄る男。このスーツケースだ。逃げるのは難しいと判断した俺は、男を"説得"することにした。きっと判ってくれる筈だと、すっとその場に立ち上がる。  その様子を見て、男は走るのをやめ、怪訝な顔を浮かべながら、肩を揺らし歩み寄る。  緊張が走る俺の顔を、男はまじまじと見つめる。やがてはっとしたように目を丸くした男は、口角を上げて叫んだ。 「先生ぇーじゃん! マジ久しぶり!」  両手で肩を叩きながら、豪快に笑うその姿は、二年前のままだ。彼はまだ俺が高校教師をしていた頃の、最後の卒業生の一人だった。     
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