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第1章 scine 1 故郷
廃墟になったわけではない。暮らしの温度はまだ残っている。
2年ぶりに故郷に帰ってきたというのに、出迎えてくれるものがいないという寂しさ。いや。日に日に薄れゆく記憶と、目に映る現実とのバランスの悪さと言った方が近い。気にも留めなかった信号機の角度や、アーケードの赤茶けた汚れが胸に迫ってきて。鼻歌でも歌って誤魔化そうかと試みたが、聞き耳を立てる奴らの存在が脳裏に蠢いて、黙って歩くことにした。
手ぶらではない。気怠げに引きずる、重さ20キロのスーツケース。ゴロゴロと無機質な音を響かせながら、ぽつんと空白の地図のなか。俺の存在を主張している。厄介な音だ。
携帯ショップを昇った2階の、カラオケボックス。駐車場の狭い理容室。行きつけの焼肉屋は小洒落たカフェに。骨董品屋は更地に。アルバムの頁を捲るかのように、次々に映る情景の間違い探しをしながら。喉の渇きに負けて、不本意ながら、俺は目ぼしい”店”を物色していた。
しかし、流石に戸締りは厳重だ。入り口にバリケードのようなものが積まれている商店もあって、おいそれと近寄れない。俺は白く溜息を吐きながら、小さくかぶりを振った。
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