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第1章 scene 3 煙草
「悪いな。付き合わせてしまって」
「いい。どうせセクションまで暇だ。それに、お前は私を攻撃しないからな」
歩道のない国道沿いを歩きながら、遠くの空が陰りゆくのを感じる。信号すらも疎らな、延々と続くこの一本道の先に、俺の”目当て”の地がある。
「どうしてそこまでして行きたいんだ? その爲川とかいう場所に」
スーツケースを引く手を時々持ち替えながら、俺は問いかけた少女の方に向き直る。
「最期にひと目会いたい人がいるんだ」
「ふーん。恋人か?」
「いいや、教え子だ」
またそれか、といった具合に少女は眉を顰める。
「着いたらお前にも紹介するよ。お、そこの角だな」
登り坂。静かに佇む木々たちが、笠をさして立ち並んでいる。その陰から影を、飛び飛びに歩くような小さな道。草木のざわめきが波のように止めどなく囁いていて、二人は暫し言葉もなく歩いた。
やがて、アスファルトで舗装された道が途切れる。踏みしめる靴の裏が、落ち葉や枝でパキパキと鳴った。
「見てみろよ。いい景色だろう」
少女は前髪をかき分けて、眼下に広がる景色に目を凝らした。
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