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だからみんな秘かに待っていた。
村に知らないひとが来ることを。
三歳年下の妹、ミナミともよく話していた。
「村で知らないひとを見つけたらどうする?」
「ちのけさまさすけねって言うよ」
ミナミはとても素直だ。可愛い妹。
「お姉ちゃんも、ちのけさまさすけねって言うでしょ」
「わかんない」
ミナミは困った顔をする。理解できないクイズを出されたような顔。愛しい妹。
「わかんなくないよ、ちのけさまさすけねって言わないと良くないこと起こるよ」
「そうなのかな。パパもママもなんで千之家様さすけねって言わなきゃいけないか教えてくれないよね」
「うん」
「知りたくない、千之家様さすけねって言わなかったら何が起こるか」
「あんべよくないことだよ」
言いながらミナミは考えていた。パパやママが禁じていることをしたら何が起きるか。
瞳がくるくる回っていた。唇をすぼめていた。目が輝きつつあった。
「面白そうでしょ、何が起きるか知りたいでしょ」
のぞき込みながら言うと、はにかむように笑いながらミナミは頷いた。唇の右はしから舌がぴょこっと出ていた。肩のあたりで切りそろえた髪からリンゴジュースの匂いがした。
私と妹はひそかに待ち望んでいた。
知らないひとがやって来るのを。
知らないひとに「どちら様ですか?」と訊いて、何が起こるか試すのを。
あんべよくねえことが何か知りたかった。
そしてようやくやって来た。
家のまえを知らないひとが歩いていた。
まだ小さな男の子だった。
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