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「まぁこの森にかけられている魔法は、『こっちから本館』へ行かないようにじゃなく、『本館からこっち』へ来ないようになんスけどねー」
チカ君は二階建てのレトロな建物と、森の中へのびる小道を交互に指差す。
「この建物は、弓岡さんみたいに死んでもすぐに目覚めない死者が起きるのを待つ、離れみたいな場所なんス」
「死ぬとすぐ、『あっ、俺死んだな』と、気がつくもんなんですか?」
「死者は天界に来て仮の身体を与えられると、普通はすぐに意識を取り戻すっス。けど弓岡さんみたいに泥酔からの死亡とか、いくつかの条件下での死亡だと、意識が戻るまでに時間がかかるんスよ」
チカ君はそこで言葉を切り、「どっか具合、悪かったりしないっスか?」と、突然心配そうに訊いてきた。
「いつもより元気なくらいですよ」と答えれば、彼は明るい表情に戻り、勢いよく小道へと身体を向ける。
「ということで! これから向かうのは、死者たちにとっての天国の、本丸的な建物っス!」
チカ君の半歩後ろくらいにつき、明るい森の小道を進む。
気温は初夏くらいだろうか。
五分丈の甚兵衛上下にビーチサンダル、という軽装でも全然寒くない。
人間界は現在十二月だが、ここは天国だけあって、年中これくらいの気温だったりするのかもしれない。
「弓岡さんは起きるのが遅くて、他の死者より時間押してんので、歩きながらこれからのことを説明するっスね」
「三日のうちに転生か消滅を、選ぶんでしたっけ?」
「そうっス! どうして三日の期間が設けられているかというと、転生する場合、来世にどこの世界へ産まれるかを選んでもらうためなんス」
「『どこの世界』?」
引っかかった単語を繰り返せば、チカ君は何でもないことのように答える。
「はい。弓岡さんが昨日死んだ世界に再度、産まれ直すことも可能だし、魔法や魔術が普通にある世界というのも可能っス。もっと科学が発達した世界、というのも選べるっスよー」
「えっ! 魔法とかって、本当に?!」
「マジのガチっス! 弓岡さんが生きてた世界の創作で最近流行ってる、異世界転生てヤツがリアルに出来る――て、わけっスねぇ!」
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